2006年11月13日 (月)

子育てに関する下村発言について

「子供は一歳ぐらいまで、母親が育てる事が望ましい」と言う、国会議員の下村氏の発言について、賛否両論がるようだ。

猛反対の声の中に、男女共同参画法案に逆行するもので、「女は家で子供を育てていろと、時代に逆行しろということか」と言う声があった。

ただこれとはべつに、子供の健全な成長のためにどうするかと言う視点で、子育てを考えたいものである。

3歳か5歳くらいまで母親や父親または親身になってくれる祖父母などの手の中で、手厚く育てられた子供の遊んでいる光景を見ると、安心感がある。

人情の機微に触れるような事は、人と人のつながりの中ではぐぐみ、善し悪しなどの規範を見につけさせることとは、手間隙かかるものだと考える。

単に食事と睡眠だけを与えるのでは、動物とさして変わらないような気がする。本能のままに生きるだけである。

人としてのマナーや礼節を知って、人間となる。

また、人とのかかわり方の根底にあるのは、身内とのかかわりから生まれる安心感など土台となり、成長と共に外界に興味をもち視野を広げていくものではないであろうか。

身内とのかかわり方の記憶が、子供の将来の人付き合いに繋がる土台になる事は、間違いないはずだ。

また無理に、幼い子供を母と言う無視の愛で包んでくれる対象から引き離された子供の心の問題を、余りにないがしろにしているような気がする。

TVの創健と言う会社のCMで、母子の映像が流れているが、母に抱かれた、あの子の満たされた表情を見て欲しい。何と言う安堵感であろうか。

また記憶として残っているのかいないかはっきりしなくとも、子育ての記憶は次世代に引き継がれていくものである。

母ゴリラに育てられない子ゴリラは子育てが出来ないと言う。

何も母でなくとも良い。しっかり愛情を授けてくれる存在が、子供には必要不可欠なのである。

したがって、子供が外界とのかかわりを持つことに興味が出る三歳から五歳くらいまでは、事情もあろうが無理に外に預けたりせず、子供の気持ちを慮ってみる事も必要で、育て方に留意をして欲しいものである。

また、かわいい盛りの子供の光景は、親にとっては子が与えてくれる宝である。

忙しさの中では、心のゆとりも少なくならざるをえない。そして大事な事を見落としてしまいかねない。

ここのところを行政がどのようにするかが、問われている。

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2006年10月20日 (金)

ジェンダーフリ-は、過去の共産主義の恥部

ジェンダーフリーとは、旧ソビエト時代の実験で、MANとして男女を問わずと言おうか、子宮があるかないかだけの労働者として、ひとつの建物に大勢を一緒に生活させ、そこで生まれた子供は、別のところで育てると言う政策らしい。

当然ジェンダーフリーは、フリーセックスと言うことで、モラルが乱れソビエトも大失敗であるとして、とうの昔に止めた実験であると言う。

たしか「SAPIO」の、小学校の性教育についてのレポートで、ジェンダーフリーについて触れた記事があったはずで、バックナンバーを調べたいと思ったがちょっとわからなかった。

そんなに昔の記事ではないので、お調べいただければ、さらに詳しいことが判ると思う。

ジェンダーフリーと言うと、進歩的な考えなどと見る向きもあるようだが、実際のジェンダーフリーに対する隠喩では「不感症女の・・・・」と言うような言葉があるということを聞く。

さらに、日本のリベラルなマス・メディアでは、報道されないが、欧州やアメリカなどでは子育ては母親がすべきだとして、依然とは異なり家庭に入った女性が子育てをする傾向があるということを、一年ほど前に聞いた。

「母なる海」「母なる大地」の言葉のように、愛情をもって癒してくれる存在としての母性とは、父性とはまた違うのではないのか。

性差をなくすのではなく、その性の良いところを伸ばし、社会に反映させる事の方が、現実的で有効のような気がする。

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2006年10月 3日 (火)

創価学会の不気味

9/25日のTV朝日「テレビタックル」で、ロイヤルボックスの創価学会池田大作氏が信者によるマスゲームやダンスに興じ、賞賛の拍手を送る様子が放送されていた。この光景は時々見るものと思ったが、そうだ北朝鮮の金将軍様の行動と同じだと気がついた。演じられるマスゲームや、信者が旗を振り池田氏をたたえる光景は、北朝鮮の様子とまったく同じである。 という事は、池田氏の言う「人間革命」とは、日本国民の北朝鮮化であろうか。創価学会は宗教団体とは名ばかりで、学会の一般会員から寄付金という名目で上納金を集める仕組みであり、これが、精神修養を目的とした宗教団体であろうかと目を疑う。創価の中国共産党との密接な関係は、池田ロイヤルファミリーの中国との緊密さであり、いったいこの団体はなにを考えているのか、不気味である。 たしか、中国共産党は日本におけるパートナーとして、日本共産党ではなく、創価学会を選択した。中国共産党にとって、宗教は害毒であるはずで、本来宗教団体と手を結ぶ事はあり得ない事である。(中国における法輪功やチベット教のラマに対する仕打ちをみればよくわかる)しかし、中国は創価と手を結んだ。そして池田ファミリ-は、一年に何度も、頻繁に中国に出かけ、厚い接待を受けている。 これは、池田大作氏のルーツに関係することもあるのではないのか。池田氏は、東京大森の海苔問屋の息子で、その後の若いころの素行などついては、書籍などが出ているが、しかし中国に強いシンパシーを持つに至る深い何かが、いまだに隠されているようでならない。 北の将軍様のように、中国を後ろ盾にして日本の神や将軍様になろうとでも言うのか、とても心配である。 そのための、国立の戒壇を立て、国家宗教になるための布石としての、国立墓地建設ではないのか。 長い時間をかけ、徐々に彼らの目的を達成していくやり方は、日本の文化ではない。江戸っ子に代表されるように、ねちねちした事は出来ないのが日本人である。 創価の大陸的な搾取や、あの手の行動パターンの宣撫工作、デマゴギーの用い方は明らかに中国大陸の行動パターンである。もしかすると、中国韓国と池田とはルーツが同じであるから、協力し合えるのだという事を踏まえ、日本人の我々は警戒心を持って理解しなければならない。

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