子育てに関する下村発言について
「子供は一歳ぐらいまで、母親が育てる事が望ましい」と言う、国会議員の下村氏の発言について、賛否両論がるようだ。
猛反対の声の中に、男女共同参画法案に逆行するもので、「女は家で子供を育てていろと、時代に逆行しろということか」と言う声があった。
ただこれとはべつに、子供の健全な成長のためにどうするかと言う視点で、子育てを考えたいものである。
3歳か5歳くらいまで母親や父親または親身になってくれる祖父母などの手の中で、手厚く育てられた子供の遊んでいる光景を見ると、安心感がある。
人情の機微に触れるような事は、人と人のつながりの中ではぐぐみ、善し悪しなどの規範を見につけさせることとは、手間隙かかるものだと考える。
単に食事と睡眠だけを与えるのでは、動物とさして変わらないような気がする。本能のままに生きるだけである。
人としてのマナーや礼節を知って、人間となる。
また、人とのかかわり方の根底にあるのは、身内とのかかわりから生まれる安心感など土台となり、成長と共に外界に興味をもち視野を広げていくものではないであろうか。
身内とのかかわり方の記憶が、子供の将来の人付き合いに繋がる土台になる事は、間違いないはずだ。
また無理に、幼い子供を母と言う無視の愛で包んでくれる対象から引き離された子供の心の問題を、余りにないがしろにしているような気がする。
TVの創健と言う会社のCMで、母子の映像が流れているが、母に抱かれた、あの子の満たされた表情を見て欲しい。何と言う安堵感であろうか。
また記憶として残っているのかいないかはっきりしなくとも、子育ての記憶は次世代に引き継がれていくものである。
母ゴリラに育てられない子ゴリラは子育てが出来ないと言う。
何も母でなくとも良い。しっかり愛情を授けてくれる存在が、子供には必要不可欠なのである。
したがって、子供が外界とのかかわりを持つことに興味が出る三歳から五歳くらいまでは、事情もあろうが無理に外に預けたりせず、子供の気持ちを慮ってみる事も必要で、育て方に留意をして欲しいものである。
また、かわいい盛りの子供の光景は、親にとっては子が与えてくれる宝である。
忙しさの中では、心のゆとりも少なくならざるをえない。そして大事な事を見落としてしまいかねない。
ここのところを行政がどのようにするかが、問われている。
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