いじめについて、いじめと感じ悩んだ者として述べたい。いまこの問題で記事にしても、思い悩む人にとっては辛いだけに、被害者から「私の気持ちもわからないくせに」と、お叱りの声をいただくかもしれない。が、厄介な問題だからこそ述べたい。
辛いのは、よくわかるつもりである。
以前聞いた話であるが、確かビートルズの話だったと思う。
彼らは、めいめいが「自分はグループの中で孤立している」と、絶頂期の音楽活動の中でさえ感じていたと言う。
他から見れば、あれだけヒット曲を生み、世界的なミュージシャンになった彼らが、そのような悩みを持っているとは、誰も思わないし感じなかったであろう。しかしメンバーひとりひとりが、そのように思い悩んでいたというのである。
そして、その事を語り合った時に、みながそう思っていたのだと知ることになったというのだ。
このように、人はどう思っているのか、なにを悩んでいるのか、他人にはなかなかわからないことが多い。ましてや、自殺した子と同じ家に住む家族ですら気付かない。何十人もの生徒を抱える先生が、気付かないのは無理からぬ事と言えよう。しかしあきらめたりせず、注意を払う事が大切だ。
(子供は惨めさがわかるから、誰にも相談しないのだ。つらくても、心配かけたくないから話さないのだ。だからこそ、思いつめるのである。)
このように身近にいるものが、知りえない、わからないのに、学校に一般人を投入したところで、問題解決するものであろうか。
学校に第三者を入れる論議も良いかもしれないが、隠蔽するため悪質化することも考えられる。
一番心配なのが、創価学会や公明党に関係する父兄が、常時学校に張り付き、口を挟み、以前コミニティーを壊したように、学校の内部をかき回す可能性が大いにあることだ。
それに、創価学会員が、組織票を使いPTAの役員になったり、隠れ創価が、教育委員会の指名で教育関係の審議会などに参加するようになってから、教育の現場は悪くなるばかりで改善されていないからこそ、今日の問題があるのだ。
さらにまた丸邪(他の宗派のものを指す)の子供が、学校に登校出来ないようにして、将来進学が出来ないようにするなどの悪巧みを、実行する事は大いにある。
特に近頃は、校長の講和中で話している時でさえ、大きな声で雑談し、邪魔をしているバカ親もいる。親の質も低下しているのに、このような者を、いつでも自由に学校に入れるようにしたのでは、厄介ではないのか。
これらの馬鹿親は、他の父兄が迷惑そうにして注意をしても、どこ吹く風である。親の教育が必要なぐらいで、子供まで手が行かなくなる。
それに、トラブルのその現場だけをとらえ、喧嘩の是非の判断はできないこともありえよう。兄弟げんかを見ればよくわかる。前後を考慮する事も必要な事がある。
これを考えると、外からの人間を投入したとして、一番の問題解決とはいえないように思う。
一番良いのは、子供たち自身に考えさせる事なのだ。これが大人になる前の、真の教育実習・生きる力である。(真の生きる力・原動力は自ら考えることにある)
将来大人の世界でも、同じような事はありえる。
この時こそ、子供のときの体験が役立つし、心の中につらさを受け止めるクッションを作っておく事は大切だ。
また、自分が子供を持った時、どうすればよいか判断でき、子供にアドバイスが出来て大いに役立つという事もある。そして子供との信頼関係は深く結ばれる。これは、まちがいない。
人は大なり小なり、苦痛を感じ、苦痛が生まれるようにできている。
この世に生まれた時点で、仏教に説かれているように「色受行想識」があり苦が生じ、生まれるということは「生・病・老・死」を避けては通れないのだ。(この死は、自殺と他殺を除く)
興味のある方は、ダライ・ラマ・の著作物をご覧いただきたい。
とにかく、家族の様子が変だなとおもったら、声をかけてほしい。それだけでも救われる事があるのだ。
ここでなにを述べたいかと言うと、人はどのように感じるかと言うことは、他人ではどのようにもできないのである。
たとえ人を愛する・恋するという崇高な感情であっても、対象となる女性の好みのタイプでなければ、その女性は告白を受けても苦痛に感じるかもしれない。
告白し断られた男性が、その女性の対し、さらに強く恋焦がれ、執着の余り追い掛け回したら、犯罪と言われてしまうのだ。しかし何度もアタックして、彼女の心を射止める事が出来たりもする。
個々の問題解決も反省も必要だが、内面的な問題、学校の現場で心の問題がないがしろにされ、日本の本来持っていた神道や仏教の生死感が失われたことに、今日の問題の原点があるように思う。相手の心を思い計れば、問題はおきない。「愛や思いやり」を説く事が、大切なのかもしれない。
そこでまずはじめに、創価学会の父兄と、彼らにへつらう教師の一掃が必要だ。
いま、教育再生会議に、この手のものがまぎれていないことを願うばかりである。
どうも、リベラルや創価に汚染されたマスコミ界やTVに頻繁に登場する御仁が、多く選任されている様子で、非常に心配である。
教育問題が、混迷しないよう願うばかりである。
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